なぜ瞑想をするのか

2016年頃の話ですが、

凍てつく川で水行をした時に

仮死状態になったことがあります。

 

その時、死を回避しようと思考が

めまぐるしく働きました。

 

この体験を通じて思考とは、

死を回避する役割を持って

一生懸命に働いている

存在であることを知りました。

 

幼少期を一人で生きることはできません。

一人で生きていけない弱い存在だから、

死の恐怖を感じたこともあったはずです。

 

死の恐怖を回避するために

外側にいる親に頼ります。

 

外側の誰かに意識が向くのはなぜか?

それは、死を回避する為です。

 

親という外側の存在に意識を向けて

生き延びてきた生存の戦略から

派生しています。 

 

強烈に生きる

しかし、外側に意識が向き続ける限りは

死を回避することを優先した

「生き延びるために生きる」ことが続く。

 

内側へと意識が向くことで

「自分を生ききる」ことに

つながります。

 

生と死は二つの極にある対極のもの。

死を受け入れることは、

生を強烈に生きることになる。

 

外側の何かや誰かに巻き込まれずに

「自分を生ききる」ことになる。

 

そして、内側深くにいる誰かは

肉体ではないのだから、

生まれることも死ぬこともない。

 

永遠というものが内側にはある。

これが私にあったのだから、

他のみんなにもある。

 

人は誰しも生まれながらにして

神の様な存在なのでしょう。

 

なぜ瞑想をするのかと問われれば、

「自分の生を強烈に生ききるため」

だとお答えします。

 

瞑想とは自分の内側を

観察し続けることで真我に出会う

プロセスのことだからです。