無秩序の中の秩序

2018年3月中旬カンボジアに滞在していました。アンコールワットのあるシェムリアップで125ccのバイクをレンタルして、郊外の村々へと出かける日々を過ごしていました。

 

カンボジアを訪れたことのある方は、無秩序な交通ルールをご存知かもしれません。交通ルールなど無いに等しい状態で無秩序そのものです。交通ルールがあるとすれば、日本と反対の右側通行ということだけ。信号も町の中心部に4-5個あるだけで、とにかく先に突っ込んだ方が優先。  

シェムリアップ市内の交差点
信号のないカオスな状況の交差点

間合いを感じ合う

しかし、運転を続けていると、" 無秩序の中に秩序が存在している "ことに気が付きます。何となく左からくる車が優先だなとか、いま直進の流れに変わったなど、その時々で発生する秩序があるのです。

 

そもそも信号がないのだから、青がGOで、赤がSTOPなんてルールは存在していません。この車幅なら先に突っ込めば進める、ここは相手の方が先だな、と相手との間合いを感じ合って進む。

 

ただ、その瞬間の流れを感じて動くことがすべてです。こうして互いに感じ合って動くとき、そこには秩序が生まれている。日本のようにルールを決めて、学校や警察などの組織が秩序を守らせるのではなく、あくまで個人の感覚に委ねられている。個人がその瞬間、瞬間を感じて動く。

 

カンボジアでの事故は少なく、事故に遭うのは外国人ばかりだとお聞きしました。ルールによって細かく縛らなくても、感じることさえできれば、自然発生的に秩序が発生してうまく流れていく。

 

むしろ細かく縛られていることで、間合いを感じ合う能力が育たない。ルールで育ってきた外国人ばかりが、いまこの瞬間を感じることができずに事故を起こしているのかもしれません。 

 

ルールという決め事も大切だとは思いますが、その瞬間に自分の感覚を信頼して動いてみる。ルールに従って生きてきた我々には、時にはそういったチャレンジが必要なのかもしれません。